野田家

野田家の奇妙な日常

無言電話

野田家が二世帯同居生活を始めて早くも1年と8ヶ月が過ぎようとしている。

短く感じるが
トラブルが濃縮還元された月日だった。

そんなトラブルの一つを今日は語りたいと思う。

 

引っ越してすぐ、

僕らは新しい電話を買った。

親父が実家から持ってきた電話は死亡フラグの立った無線機のように
通信感度が弱かったからだ。

 

レトロで小洒落た固定電話をネットで見つけ
嫁も上機嫌だった。

 

しかし、
幸せな時間はそう長くつづかなかった。

 

ある日、23時ごろ
突然電話が鳴った。

おふくろが「あらあら〜」と電話を取る
「もしもし〜」
「もしもし〜」
「もしもし〜」
「もしもし〜」
「もしもし〜」

繰り返されるもしもしに
僕はおふくろが遂にボケたんじゃないかと言い知れぬ不安感を抱いた。

「あら〜」
どうやら電話が切れたらしい。

「無言だったわぁ〜」


その日から、無言電話野郎と野田家の物語が始まる。

 

無言電話は大体同じ時間にかかってきた
23〜24時ごろだ。

僕は臆病な捨て猫のように不意打ちに弱いので
その時間に電話がなるたびにビクつく。

勝手の知らない土地で毎日のようにかかってくる無言電話に
嫁も恐怖を隠し切れない。

僕は、何でもないようなことが幸せだったと思った。

とりあえず出るのだが、全く反応がない
これぞまさしく無言電話。

しかし野田家は、
なにごとも楽しむ流儀である
おふくろの口癖は「ケセラセラ」だ。

誰がこの無言人間を笑わせられるか?
その点について注力しはじめた。

 

これはクリエイティブな戦いである。

痴女になったり
ホ◯になったり
歌ったり踊ったり

僕らは様々なアイデアを実践した。

しかし、その中で一人イラつきを隠し切れない漢がいた。


 

しげはる
僕の父である。


当時しげはるは重度のアルコール依存症
ほとんど飯を食っていなかったため
無言電話に対して相当なフラストレーションを感じていたのだ。

 

電話がなるたびに
「んあぁあ〜!っっくしょう!」
と最大限のイラつきを表現していたが
飯を食っていないので電話を取る元気はなかった。

 

だが、その時がきた
その日、しげはるは思いの外調子が良かったらしく
電話がなった瞬間、
動いたのだ。

しかしそこは長年接客業を行ってきた漢
「はぁい!もしもし野田でぇす!」
1オクターブ高めの挨拶をかました。

「.............」

きた!無言電話だ!
僕はその後の展開を期待せずにいれなかった。



しげはる「.............おぅ、まぁたアンタか」
西部劇の往年の俳優のように口を開いた


無言電話「..............」

 

しげはる「ぁんた、暇な人間だぁな。こんなことして」

 

無言電話「...............」

しげはる「ぉうぉおい!!」

かなり熱くなっている親父の元に駆け寄った僕が見たのは信じられない光景だった。


しげはるは受話器を逆に持っていたのである。

無言電話に対する最高のアンサー
無言野郎は最後まで笑わなかったけど
父の天然アンサーは最強のクロスカウンターだった。

 

 

電話のミスに気づいたしげはるは少し照れ笑いをすると
無言で寝室に帰っていった。

その背中を見た僕は思わず
「シェーン!カァームバァックシェーン!」
と叫びたくなった。

 

 

 

 

※無言電話は後日、非通知拒否の設定をしてかかって来なくした。
※親父のアルコール依存はその後回復した。