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野田家

野田家の奇妙な日常

野田家と熊本地震

4月14日 21:30

 

僕は友人とご飯を食べていた。
他愛もない話をし、いつもどおりの夜がそこにはあった。

会話をしながら
僕は手元の手羽先をいつ食おうかずっと考えていた。

会話が途切れた時、
ここぞとばかりに手羽先に手を伸ばした瞬間

世界が揺れた。

その瞬間、手羽先は目の前から飛んでいった。


僕は今まで経験したことの無い揺れに
地震と理解するまで数秒かかった。

揺れは止むことなく
壁際のキープボトルを粉々にした。

心臓がバクバクと音を立てた
天井が落ちてこないか?
僕はなぜかずっと上を気にしていた。


そうしている内に揺れは収まり
店内は徐々に落ち着きを取り戻した。

店員がお客さんを落ち着かせようと
笑顔で声をかけていた。

そして何も無いところでコケた。

それくらい揺れていたのだ。

 

僕はとりあえず家に電話し
家族の無事を確認した。

とにかく早く帰らなければ

 

 

友人と別れ
自転車で家路へと急ぐ
帰路の途中、何度も地面が揺らいだ。

 

「なんか映画みたいだ」
僕は信号待ちの度に不安を紛らわすようにツイッターで近況をつぶやいていた。

 

家に帰ると、家族はいつもどおりで
家具も特に壊れていなかった。
ホッと胸をなでおろした。

 

なにせ僕の家はあと34年もローンが残っているのだ
ちなみに地震保険は入っていない。

 

その夜は、多少不安になりながらも
両親はいつもどおりの時間に就寝し
兄はアクション映画を見始めた。
さすが野田家。
現実に戻るスピードが早過ぎる。

 

そんな脳天気な家族を横目に
僕も嫁も息子も
いつもどおり、いつもの寝室で眠りについた

 

このとき、熊本県民のほとんどが
油断していた。

クライマックスの終わった映画のように

 

4/15


僕はいつもどおり出社した。
会社は水漏れで水浸し。
会社で残業していた人たちがいたので
PCは無事だった。
グッジョブ!

 

みんな、冗談まじりに地震のことを話したり
余震の震度当てなんかをしていた。

そこには不安定でありながら日常があった。

その日はみんな早く帰った。
僕も早く家族に会いたかった。


夜は余震に慣れてきて
みんなどこか余裕があった。

前日地震で寝れなかったこともあり
僕と嫁は息子を寝かしつけるはずが
気づけば一緒に寝ていた。

 

 

4/16 25:25

どどどどどどどどどどどどっ!!

 

僕は今まで感じたこと無い
激しい揺れと轟音に叩き起こされた

バチッ!
つけたままの電気は音を立てて消えた

寝ぼけた頭でも一瞬で分かった
前回よりも確実にヤバイ地震だと

 

ごごごごごごごごごごごご!!

家がタコ殴りにされているような状況に
正直、
今日死ぬかもしれないと思った。

必ず家族を守らないといけないと本能で感じた

どのくらい揺れに耐えただろ?
落ち着いてきた
その瞬間3人で部屋を出た

家族の無事を確認し
真っ暗の家をみんなで飛び出した。

外は軽いパニック状態
映画の中に迷い込んだような錯覚に陥った。

抱きかかえた震える息子の振動で
確実にそこにある現実だと引き戻された。

僕がしっかりしなければ
僕が守らなければ
僕が判断しなければ

野田家は必要な荷物をグシャグシャの家の中から土足で持ちだして
近所の小学校へ避難した。