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野田家

野田家の奇妙な日常

全く練習せずに熊本城マラソンを走った想い出

 

振り返る2年前、
僕は始めてのフルマラソンに出場した。

職場の先輩に誘われノリでエントリーしたが
おかげで走ることの楽しさ!清々しさ!夜道のプリウスの怖さ!に気付くことができた。

 

2014年は、無事完走はできたのだが
帰宅後、即発熱。
熱は留まることを知らず39度後半まで上がった。

 

当時、数ヶ月後に出産予定であった嫁を尻目に
「こんなかっこわるい死に方まぢむり、いやだょ」
と自分の弱さを呪い続けた。

 

2016年の俺は成長した
失敗から学ぶ男、それが俺だ。

 

そう胸に刻み
2016年熊本城マラソンに当選したのが本番半年前。


「明日走ろう」

 

「明日走ろう」

 

「明日走ろう」

 

これを約180日繰り返した
気付けば2016年熊本城マラソン
僕のスローガンになっていた。

 

むしろ全く練習せずに出場するおれ
逆にすごくね?

なんて、圧倒的クズ思考が僕を支配していた。

 

そして、当日。

エントリー時、意識高い系にわかランナーだった僕は
予想タイムを3:30にした為かなり前の方にスタンバイしていた。
回りには冬なのに小学生みたいな短い短パンを履いた人が沢山いた。

 

そして、スタート。

 

僕のスタンバっていたエリアは早い人集まりらしく
ノーランニングノーライフの僕は
ゴボウのように抜かれた。

たまに肘打ちをくらうことがあったが
そいつの背中に殺気を放ち、
脳内で一本背負いをした。
そう、回りのペースに惑わされてはいけない。
ただただリラックスして、
ぎりぎりタイムのゴールを目指すのが僕のやり方、生きる道。

 

15キロ地点。
僕は帰りたくなっていた。

 

事前の練習で3キロしか走っていなかった僕は
あきらかな練習不足により、
いいようのない倦怠感に襲われていた。
帰りたい。帰りたい。

 

20キロ地点
もう無理だ。そう思った。
しかしこの地点でリタイヤしてる人間は見当たらない
60代過ぎているだろうか?おじいさんに颯爽と抜かれた。


25キロ地点
長い折り返し地点の向こう側に収容バスが見えた。
中に死にそうな顔の老人が一人乗っていた。
バスはゾンビのようなスピードで走っていた。
そんなバスを振り返りながら恐怖に怯えてギャルが早歩きで逃げていた。
彼女はもう助からないだろう。

 

30キロ地点
なぜかいきなり体が軽くなった
沿道で応援してくれた同僚にモンスターエナジーを貰ったからだろうか?
ここにきて颯爽と走り出す。
きつそうな人を追い越す度に
「ガンバッテクダサイネ!」
みたいな顔してみた。

 

35キロ地点
地獄再び
心身ともにどうでもよくなりはじめる
タイムも関門ギリギリだ。
このタイムで走ると沿道の応援もかなり減って来てるし
疲れて来ている。(歩いてる人ばっかだし見てるほうもつまらんはず)
まわりも死にそうな顔をして歩いている。
みな、明日のことを考えているのだろう。
僕もそうだ。
体が語りかけて来る。
今日も地獄だが明日も地獄だ。


40キロ地点
ここまでくるとリタイアする可能性は限りなくゼロになる。
僕は最後列の散々たる状況を目の当たりにした。
ほとんどの人間がどこかを負傷している。
まとも歩けるやつもわずかだ。
しかしここまできたらリタイアなんかしたくない。できるはずがない。
おそらく彼らは明日のことなど考えていなかった。
ここにきて本当のランニングスピリッツを手に入れた生粋のプレイヤーである。

明日走ろう。ではない
今日走らなければいけないのだ。

そのことにもっと早く気付くべきだったのだ。

僕は割と元気だったけど
すごくきつそうな感じで最後の1kmを走った。
そっちの方がなんとなくドラマチックだと思ったからだ。

そしてゴール!

応援しにきてくれている嫁を息子を探したがいなかった
どうやらゴールの瞬間を見逃したらしい。

足を引きずり嫁と息子と再開
1歳半の息子はなぜか僕の頭に芝生をひっきりなしに乗せて来た。
戒めだろうか?
ゴールでもらったバナナも気付けば食べられていた。

タイムは6;46
のこり15分でのゴールだ。

しかし僕は、この経験を通じて
練習することの大切さ
そして、熊本城マラソンの一番下を見る事ができた。
落ちるところまで落ちた
あとは上るだけだ。


そう!まだ冒険は始まったばかりさ!
※野田先生の次回作にご期待ください。